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“謝謝漢院 - 私と中国語と上海生活”
早いもので、12月で私の上海生活も3年になります。その大半を漢院とともに歩んで来て、私の上海生活は漢院なしには考えられないものになってしまいました。今回、SUPER CITY向けの文章を依頼されましたが、私たちに“オアシス”を与えてくれたことへの感謝の気持ちもあり、喜んでお引き受けした次第です。
私と中国語との出会いは、10年近く前に、日本の自宅近所の大学で行われていたカルチャーセンターの週末中国語教室に通いだしたことに始まります。そこに教室が存在したこと以外に深い理由があった訳ではなく、趣味としてゆっくりしたペースで数年間続けていましたが、結果的にそれが、社内で知られることとなり、たまたまできた上海のポジションにアサインされるということになったので、人生と言うのはわからないものです。
そういう経緯で喜び勇んで上海に来たので、当然ながら、中国語学校を探すことは、最も重要なことでした。日本人向け雑誌で検討の結果、ある学校に通いだしましたが、日本での教室は10人に先生一人であるのに対し、こちらではマンツーマンであるというだけで、大変嬉しかったものです。 ところが、半年位した後に、雑誌でとても目を引く記事を見ました。“老房子で中国語を勉強する”“予約不要”というような言葉が飛び込んで来て、ちょっとした興味を覚えました。それが漢院との遭遇です。何で“予約不要”などという仕組みが成り立つのかが不思議でしたが、来院して当時の主任のSさんから説明を聞いて納得、つまり先生が変わっても進度をきちんと引き継ぐ仕組みが出来ているということだったのです。このことは私にとっては大変魅力的で、実は最初の学校では先生が固定していたために、双方の時間がうまく合わないことが多々あったからです。早速、漢院に切り替えることを決めましたが、この“先生が固定しない”ということはとても楽しいことだと、学び出してから痛感しました。一つは多くの先生と知り合いになれること、もう一つはタイプの違う教え方により変化に富んだ勉強ができることです。 漢院の良いところは、何と言っても、底流に流れる“志”を感じることです。日本に長く居た孫源源さんが中国に戻り、“最高の学校を作りたい”という気持ちで始めたと聞いています。先に述べた“老房子”、“予約不要”もその表れでしょうが、例えば私が学校に姿を現すと、すかさず“Sさん,你好!”という声が飛び込んで来ます。受付だけではなく、出会った先生たちみんなです。これだけで元気になり、“勉強しよう”という気持ちが湧いて来ます。こうした習慣は、学校の運営方針を常々徹底していないと難しいことだと思います。また、カラオケ課とか歴史文化サロンという特別授業も、事前に本当に良く準備されていて、講師の“やる気”が満ちています。ちなみに、私はカラオケ課を大変気にいっています。また、漢院では、毎回“非常満意”から“不満意”まで4段階での評価用紙が渡され、レッスン終了後に受付に置いて行くことになっていますが、これも“顧客満足度向上”の強い意思の現れでしょう。ただ、私は典型的な“良い人に思われたい”タイプの日本人で、なかなか“不満意”はつけられないのですが、一度だけ経験があります。しかし、その先生にしばらくして再度当たったときには、大変良くなっていて、なるほど効果はあるのだ、と思いました。
もう一つの漢院の良いところは、コミュニティを提供してくれることです。たびたび開かれるパーティやカラオケ会、さらに半年に1回の1泊旅行を通じ、多くの知り合いを作ることが出来たのは、私のように他に日本人のいなかった職場で働くものにとっては、大きなメリットであり、それを“場”として現実にしてくれた漢院の存在は大変ありがたいと思っています。 ところで、そうしてできた漢院の友人と良く話すテーマの一つに、“先生は日本語ができた方が良いか”ということがあります。私の持論は本当の初心者(3ヶ月くらいまで)を除いては不要であるという立場です。確かに、通訳や研究者を目指す人が体系的に中国語を勉強することを目指すのなら、日本語が重要かも知れません。しかし、私たちのような“とりあえずコミュニケーション”派にとっては、わからない中国語を一生懸命別の中国語で置き換えて説明するということの方が慣れるのにはいいのでは、と思っています。何よりも、“日本語能力”で限定すると多くの素敵な先生たちとの出会いの機会がなくなってしまいます。ただし、この点については、人それぞれであり、漢院は日本語のできる先生も用意していますので、あしからず。 何となく始めた中国語が私をここまで連れてきてしまいましたが、今振り返って、我ながら実に良い選択だったと思っています。中国語は漢字を共有する唯一の言語という意味でも、日本人にとっては特別なものがあります。例えば、高校の時に学んだ漢詩を中国語の発音で聞くと改めて美しいと思うこともあります。京劇も歌舞伎と似ている点、違う点を比較しながら見るとなかなか面白いものです。そして、良くも悪くも日本と大きく関わっている歴史を知るためにも中国語は有効です。 そして、漢院です。上海にも中国語学校は多々あり、日本で倒産した例の語学学校もどきの手口で儲けに走っている学校もあると聞いています。漢院はまさしくその対極にあり、私は上海に来て、この学校を知らずに帰る人は不幸だとまで思っています。ただ、残念なことは、せっかく知り合いになっても、既に多くの人が日本に帰ってしまったことです。また、先生たちも大学生や院生が多く、別の道に進んで去っていく人もいます。しかし、新陳代謝は、ある意味では良いことでもあり、私もいずれは日本に帰ることを考えると、一般の学校のように、同窓会を上海や日本でやったら良いかと思っています。多くの人が“ありがとう、漢院”という感じで去っていくのですから。 H.S.生
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